2025年、日本の食卓を揺るがす深刻な米不足が発生しました。
スーパーの棚からコメが消え、価格は高騰し、消費者の不安は一気に拡がりました。
異常気象や一部メディアが報じた転売ヤーやJAの既得権益が原因とされる中で、本質的な問題は語られないままです。
しかし、この混乱の本当の原因は、長年にわたって続けられてきた政府の減反政策と緊縮財政にあります。
なぜ日本は主食である米を自ら壊すような政策を続けてきたのか?
本記事では、意図的に見過ごされてきた真実を掘り起こし、誰がこの国の食料安全保障を危機に追いやったのかを明らかにしていきます。
減反政策という国策による生産能力の破壊
日本の米不足の根本原因として見逃せないのが、政府が長年続けてきた減反政策です。
1970年代から始まったこの政策は、米の過剰生産を抑えるため農家に生産量を減らすよう求め、減産に応じた農家に補助金を交付するというものでした。
結果として、全国の水田は次第に耕作放棄地や非農地へと変わり、担い手不足と相まって日本の米生産能力は大きく削がれていきました。
さらに、転作や離農を促す支援策によって米農家の意欲も削がれ、若手の新規就農も進まず、生産の持続性は大きく損なわれました。
表面上は減反政策の廃止が宣言されたものの、実際には現在も転作支援などの形で実質的な減反が継続されています。
こうした国策による生産能力の破壊が、異常気象などの一時的要因に対する備えを脆弱にし、2025年の米不足という事態を引き起こしたのです。
財務省の緊縮政策が招いた国家の供給力低下
2025年の米不足問題の背景には、財務省主導による長年の緊縮財政が深く関わっています。
財務省は財政健全化の愚策のもと、公共投資や補助金を削減し、農業分野においても同様に支出抑制を進めてきました。
結果、農地整備や灌漑インフラへの投資が先送りされ、農業技術や流通インフラの近代化も進まず、日本の農業の生産性と競争力は長期的に低下していきました。
特に、農業を支える担い手への支援が不十分で、所得保証や価格安定のための公的支援が十分に行われず、多くの農家が離農に追い込まれました。
また、減反政策に対する転作補助金などの一時しのぎの予算は継続される一方で、抜本的な農業再建や食料安全保障のための戦略的支出は後回しにされてきました。
このような支出を抑えることが善という思考が、農業だけでなく医療、防災、エネルギーなど、あらゆる基幹産業の供給能力をじわじわと削ぎ落とし、日本の国力を内側から蝕んできたのです。
つまり、米不足は単なる農業の問題ではなく、国家全体の供給力低下という緊縮の副作用が表面化した一例に過ぎません。
JA(農業協同組合)を叩くのは筋違い
2025年の米不足をめぐって、ほとんどのメディアや論者からJA(全国農業協同組合連合会)に対する批判が巻き起こりました。
しかし、こうしたJA叩きは本質から外れた議論であり、筋違いと言わざるを得ません。
JAは株式会社ではなく、農家の組織であり、主たる役割は農家の営農支援と、消費者に安全・安価な農産物を安定供給することにあります。
利益最優先ではなく、地域の農業を守るという公共的な役割を担ってきました。
実際、JA全農の米部門はしばしば赤字を計上しており、その赤字を他部門の黒字で補う形で組織を維持しています。
これは、農家の販売価格を守りながら消費者にも可能な限り安くコメを届けるという、相反する要求のバランスを取るための構造であり、営利企業では到底できない仕組みです。
卸業者や中間業者の利益が膨らむ中、JAが価格調整や在庫調整を行うことで、むしろ供給の安定に貢献してきた事実は見逃せません。
米不足の責任は、生産力を削ぎ続けた国の政策、とりわけ減反政策や緊縮財政にあるのであって、農家と共に供給体制を守ってきたJAを責めるのは、本来責任を取るべき政府の失策を覆い隠す責任転嫁に他なりません。
ただし、絶対的にJAが正しいという事はありませんが、それは個別具体的な話で合ってJA解体につながる話ではありません。
今こそ、JAという地域インフラの価値を再認識すべきです。
減反廃止は名ばかり?転作・離農への補助は今も継続中
政府は2018年に減反政策の廃止を発表しましたが、実態を見るとそれは名ばかりであり、実質的な転作・離農誘導政策は今も続いています。
本来の減反とは、供給過剰な米の生産量を意図的に抑制することで価格を安定させる国の主導政策でした。
その枠組み自体は廃止されましたが、農家に対して米以外の作物を作る、農業から撤退することを条件とした補助金制度は依然として存続しています。
例えば、大豆や飼料用米、野菜への転作に対する助成金は続いており、経済的に苦しい農家にとっては現金収入の重要な柱となっています。
結果として、米を作らないことが得になる構図は温存され、主食たる米の生産能力は回復しないままです。
名目上の減反廃止と現実との乖離が、今回のような供給不足の土台を形成したと言えるでしょう。
オールドメディアのJA叩きと陰謀論
2025年の米不足を受けて、一部のオールドメディアではJA(農業協同組合)がコメを買い占めた・在庫を隠して価格を釣り上げたといった憶測まじりの報道が散見されました。
しかし、これらは根拠のない陰謀論であり、問題の本質を逸らすミスリードと言えます。
JA全農はむしろ平時から赤字を抱えながらも価格調整と安定供給に尽力してきた存在であり、供給不足の中で意図的に在庫を抱えるインセンティブは存在しません。
むしろ、こうした報道の裏には、食料安全保障の要ともいえるJAの信頼性を損ない、既得権益・悪の根源と印象づけることで、農協解体や市場の自由化を促したい勢力の思惑すら見え隠れします。
JA叩きを繰り返すことで、真の原因、長年にわたる減反政策や緊縮財政による生産力低下への批判が矮小化されているのです。
真の問題は、農業を支える体制を破壊してきた国の政策にあるという視点を、今こそ取り戻すべきです。
食料安全保障の視点が欠けている日本政府
2025年の米不足は、単なる一時的な供給トラブルではなく、日本政府が長年にわたって食料安全保障という国家の根幹を軽視してきた結果といえます。
日本は食料自給率が先進国の中でも異常に低いにもかかわらず、安ければ海外から輸入すればよいという市場依存型の思考が政策の中枢を占めてきました。
その象徴が、過去数十年にわたる減反政策と、それを引き継ぐ形で継続される転作・離農補助です。
本来、コメは単なる商品ではなく、日本人の主食であり、緊急時に国民の命を守る戦略物資です。
災害や地政学リスク、円安、輸入制限といった不確実な未来に備えて、国内に安定した生産能力を維持することが不可欠です。
しかし、政府はその視点を欠き、農家に米を作るなと奨励し、国内供給力を削ってきました。
加えて、緊縮財政に固執する財務省の方針のもと、農業への公共投資や備蓄の強化にも及び腰です。
結果として、異常気象や国際物流の混乱が起きた際、即座に需給が崩れ、市場は混乱し、消費者がコメを入手できないという現実が露呈しました。
これは、かつて戦略物資の供給を絶たれて戦争に突き進むしかないと考えた、いつかの時と同じではないでしょうか?
今こそ、日本政府は農業はコストではなく、安全保障であるという基本的認識に立ち返り、国内農業を守る政策へ大きく舵を切る必要があります。
安さや効率を追求する時代は終わり、持続可能で強靭な供給体制の構築が急務です。
米不足は自然災害ではなく政策災害である
2025年の日本における深刻な米不足を、天候不順や異常気象による一時的な自然災害とする見方が流布されていますが、これは問題の本質を覆い隠す誤った理解です。
真の原因は、長年にわたる政府の農業政策、すなわち政策災害にあります。
減反政策をはじめとする国策によって、米の生産能力は意図的に削減され、農家は転作や離農に追い込まれました。
減反廃止と名ばかりの状態でも、依然として補助金により水田はコメ以外の作物に転用され、主食生産の基盤は脆弱なままです。
生産能力が削がれた状況で、わずかな天候不順が発生すれば、たちまち市場が混乱するのは当然の帰結です。
さらに、財務省主導の緊縮財政が農業投資を抑制し、備蓄や物流体制の整備にも後ろ向きな姿勢が続きました。
その結果、国民の命を支える食料が市場任せになり、危機時に対応できない体制が出来上がったのです。
しかし、政府はこれを絶対に認めようとしません。
なぜなら、仮に方針転換しその政策が軌道に乗れば、何十年と間違った政策で国民を苦しめてきたことが証明されてしまうからです。
これは何も農業に限った話ではなく、消費税廃止や社会保険料減免などが頑なに行われない事などがこれと同じ理由の一つです。
米不足は偶然の出来事ではなく、政策の積み重ねによって招かれた人災です。
政府はこの構造的失策を認め、食料安全保障の再構築に本腰を入れるべきです。
歪な流通構造と中間マージンの問題構造
しかし、何度も言うようにJA側に何の落ち度もないという訳ではありません。
2025年の日本における米不足は単なる生産量の減少ではなく、流通構造そのものの歪みによって深刻化した側面があります。
とりわけ問題視されるのが、米が生産地から消費者に届くまでに複数の中間業者が介在し、そのたびに価格が上乗せされていくという多重下請け構造があります。
この構造は古くから温存されており、農家が出荷した時点では安価だった米が、消費者に届く頃には数倍の価格になることも珍しくありません。
小売大手ドン・キホーテの経営陣も、コメ不足時に中間業者の存在が供給のボトルネックとなり、市場に迅速に流通できない実態を指摘しています。
実際、彼ら小売店側が直接仕入れた古米・古古米が即座に店頭に並んだ事実は、既存流通の非効率さを象徴しています。
加えて、2025年の混乱期には一部の大手コメ卸業者が過去最高益を記録しており、市場の混乱を逆手に取った価格操作や買い占め的行動が疑われても仕方がない状況となっています。
JA全農が赤字を抱えながらも価格抑制と安定供給に努めている一方で、間に入る民間業者が利潤を優先する構造は、消費者保護の観点からも問題が大きいでしょう。
米は単なる商品ではなく、国家の主食であり命を支える基盤です。
にもかかわらず、流通の効率化よりも利益分配を優先した構造が温存されている限り、供給危機は繰り返されます。
今こそ、農家と消費者を直結させる新たな仕組みが必要です。
まとめ
いかがでしたか?
2025年の米不足を正しく理解するには、問題の本質を生産構造の破壊と流通構造の歪みという2つに分けて捉えることが重要です。
まず、生産面では、減反政策や緊縮財政による農家支援の不在が、長期的な供給能力を弱体化させました。
これは政策災害とも呼ぶべき人為的な失策であり、気候変動だけを原因にするのは的外れです。
一方で、流通面では多重下請け構造や中間マージンの膨張が、需給のミスマッチと価格高騰を助長しました。
卸業者の利益確保が優先される構造では、たとえコメがあっても消費者に届きません。
つまり、日本の主食が直面する危機は、単なる量の問題ではなく、制度と構造の問題です。
この2つの側面を切り分け、それぞれに的確な政策対応を講じなければ、今後も同様の食料危機は繰り返されるかもしれません。
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